標記研究会が2018年2月9日13時30分から17時30分まで,気象庁講堂において開催された.毎年多くの演題と参加者を集める本研究会であるが,本年も20機関以上から110名あまりの参加者と10の演題の発表があり,予定されていた時間を超過して演題ごとに活発な質疑討論が行われた.
今年は,「宇宙天気予報(フレア現象)と航空」という目新しい演題や情報利用者の立場である旅客機現役機長からの報告,二重偏波レーダーによる新しい観測技術の紹介,火山噴火や強い乱気流に関わる事例解析,各種データ(WPR,SSRモードS,ALWIN等々)を用いた予測・解析手法の紹介など様々な演題発表と質疑討論があり,いずれも今後の観測・予報技術,安全運航の向上に資するものであった.
(文責:土田信一)
(2017年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
土田信一
水野孝則(気象庁予報部)
宮腰紀之(気象庁予報部)
赤枝健治(気象庁観測部)
阿部孝史(気象庁観測部)
堀川道広(東京航空地方気象台)
柴崎晴男(成田航空地方気象台)
光武伸悟(防衛省)
浦 健一(日本航空)
坂本 圭 (全日空)
吉野勝美
小野寺三朗(桜美林大学)
地球で大規模な磁気嵐や電離圏嵐などが発生すると,人工衛星の故障や無線通信障害などを引き起こし,航空機の運航に多大な影響を与えることがある.これらの現象の直接的な発生原因の一つとしてコロナ質量放出(CME:Coronal Mass Ejection)が挙げられる.一般に,CMEは大規模な太陽フレアに付随して発生するものと考えられているが,必ずしもそうではなく,太陽フレアに伴っていないCMEも存在する.よって,その因果関係については,未だ研究段階にある.
本研究では,太陽観測衛星(GOES,SOHO/LASCO,SDO)の観測データを使用し,フレアの軟X線放射時間とCME発生率の関係,並びに可視光で観測される白色光フレアとCME発生率の関係について分析した.これらの分析結果により,太陽フレア発生時におけるCME発生予測の実現可能性について議論した.
阿蘇山では,2016年10月8日01時46分に爆発的噴火が発生した.
この噴火に伴う噴煙は高度13~14kmに達し,降灰予報(詳細)及び航空路火山灰情報(VAA:Volcanic Ash Advisory)が発表され,阿蘇山周辺では停電や降礫による被害もあった.
本発表では,地震,空振,火口カメラ,気象レーダー,衛星などの各種観測データや現地調査の結果などを紹介し,この噴火について事例紹介を行った.
また,上述のVAAにおいては,気象庁全球移流拡散モデル(JMA-GATM:JMA Global Atmospheric Transport Model)を用いて火山灰の拡散予測を行っている.気象研究所では,気象衛星センターで開発を進めている気象衛星ひまわり8号による火山灰プロダクト(火山灰雲のカラム積算質量や雲頂高度,有効半径といった定量的な物理量を求める手法)を利用して火山灰の拡散予測の精度向上のための技術(火山灰データ同化システム)の開発を進めている.本発表では,その進捗についても報告した.
航空機運航に影響を及ぼす着氷性降雨は地上で凍結すれば雨氷,上空で凍結すれば凍雨と呼ばれ,監視技術の確立は重要な課題である.我々は,従来型のレーダーでは不可能な降水粒子判別(雨粒や雪,雹など)ができる二重偏波レーダーを活用した雨氷・凍雨の監視技術の研究に取り組んでいる.2016年1月29日の関東の雨氷・凍雨事例は報告分だけで6億円超の損害が生じた.この事例では,凍雨の時に気象研究所の二重偏波レーダーが氷点下の上空で一時的に降水粒子が扁平になる特徴を捉えた.この特徴は米国の凍雨事例でも報告されているが,機構は未解明である.我々は,このとき降った凍雨の形状を地上の光学式雨量計で詳細に捉えることに成功した.解析により偏波レーダーが捉えた扁平のシグナルが凍結過程の一部を反映していることがわかった.今回はこれまで未解明だった実大気における凍結過程の降水粒子の微物理特性を中心に成果を報告した.
4.定時飛行場実況気象通報式と飛行データを用いた統計的予測システム(Predictive Caution System : PCS)の紹介
日本国内の定期便が離着陸する空港の多くは,気流の擾乱が発生しやすい環境にある.
PCSは航空機の着陸時の諸元と地上風との相関関係を統計学的に求め,気流の擾乱等が原因で航空機の運航が不安全となるような風が発生した際に,未然にCautionを発出するシステムである.
現在,宇宙航空研究開発機構と航空機の安全性の向上に関する共同研究に向けて準備中である.これはPCSに低層風情報を取り入れることによって,低層風の影響により航空機が不安定となる場合を予測し,未然にCautionを発出するシステムの構築を目的としている.
すでにPCSは一定の効果をあげており,一部の空港でハードランディングの発生が減少している.着陸時だけでなく最終進入に関するCautionを発出することによって,不安定な進入(USA:Un-Stabilized Approach)の未然防止やUSAに伴う着陸復行やダイバートなどの低減が期待でき,安全性ならびに経済性の向上を目指している.
気象庁の測器であるウィンドプロファイラ(WPR:Wind Profiler Radar)を用いて大気のドップラー速度を求める過程において,補正スペクトル幅(RSW:Revised Spectral Width)と呼ばれる散乱体の運動のばらつきを表す量が得られる.このRSWは,乱流が大きいほど拡がる特性があり,乱気流との相関があることが報告(梶原ほか 2011)されている.また,先行研究(宇河ほか 2016)では,航空自衛隊の航空機が乱気流に遭遇した際の乱気流強度とRSWの相関が確認されている.
本研究は,乱気流について確認できた強度とRSWの相関から発生を予測し,航空機に現象を回避させることで航空事故及び被害を未然に防止することを目的とする.本発表では,航空機における機種別の乱気流の影響とWPRを活用した乱気流予測の活用方法について述べる.
航空機の乱気流への遭遇は,機体破損のような経済的な影響だけでなく,人的被害を伴う重大事故にも繋がる.したがって,乱気流の正確な発生予測は気象学のみならず,航空機の安全運航を行う観点からも非常に重要である.乱気流発生予測の向上のためには,乱気流の発生要因を特定し,詳細な発生過程を理解する必要がある.そこで本研究では,2015年10月から2016年6月までに国土交通省福岡航空交通管制部が受信したPIREP(Pilot Report)で報告されたSEV TURB(Severe Turbulence)の発生環境場について,気象庁メソ客観解析データと気象庁55年長期再解析(JRA-55:Japanese 55-year Reanalysis)を用いた調査を行った.さらに,2016年2月19日に報告されたSEV TURBの発生要因と発生過程を詳細に調査するため,Weather Research and Forecasting( WRF )modelを用いた高解像度数値シミュレーションを行った.この事例では,南風の鉛直差に起因した水平温位移流の鉛直差による低安定度層の形成がSEV TURBの発生に関係していたことが示唆された.
7.平成29年台風第21号による強い乱気流の事例解析
2017年10月22日,台風第21号の本州接近により,多くのPIREPが入電した.
事例解析の結果,関東付近の乱気流は関東沿岸の停滞前線の前線面での強い鉛直シアーによるものと,その前線を滑昇し次々発生した活発な対流雲によるものであり,九州付近での乱気流は乾燥空気が中層に流入したことによるものであることがわかった.
同様な気圧配置はたびたび発生し,事前に乱気流の多発が予想できることから,今事例の構造について紹介した.
航空機の気象観測データは,気象レーダや衛星等による様々な観測データとともに,高精度な数値予報やガイダンスの作成に有用である.航空機観測データを収集する枠組みとして既にAMDAR(Aircraft Meteorological Data Relay)が使われている一方,元々は航空機を監視するためのSSR(Secondary Surveillance Radar:二次監視レーダ)モードSでも航空機の気象観測データを取得可能な国内環境が整いつつある.AMDARに比べて高密度・高頻度なデータ取得が望めるため,既存の観測データに加えて用いることで数値予報の精度向上が期待できる.本講演では,気象研究所と電子航法研究所の共同研究において実施した,SSRモードS実験局で取得した気象データの評価および同化実験の結果について報告した.
9.フライトデータとアンサンブル予報を用いた風況場ナウキャスティング
航空機運航支援を目的として,旅客機フライトデータとアンサンブル予報データをリアルタイムに活用した風況場ナウキャスティング技術を開発した.
飛行中の旅客機フライトデータを取り込み,即座に予報に反映することで高頻度に気象情報を更新することを目指している.
本提案手法は単純なアンサンブル平均に比べて,風況場の予測精度を改善することを確認しており,今発表では,実際の旅客機フライトデータを活用した予測結果について報告した.
航空機の運航における安全に及ぼす影響が大きい気象現象のひとつであるウィンドシアーについては,空間・時間スケールが小さいことから,その発生を予測することは現状では難しい.一方でドップラーライダー・レーダーを活用し,JAXAと気象庁の共同研究により開発されたALWIN(Airport Low-level Wind INformation)が,2017年4月から東京国際空港(羽田)と成田国際空港での実運用開始となり,離着陸時における下層大気の状態を定量的に把握することができるようになってきた.
本講演では,パイロットの視点からALWINの活用事例を紹介するとともに,将来に向けての課題やさらなる展望をあわせて紹介した.
略語一覧
GOES: Geostationary Operational Environmental Satellite
SOHO: Solar and Heliospheric Observatory
LASCO: Large Angle and Spectrometric Coronagraph
SDO: Solar Dynamics Observatory
参考文献
梶原佑介, 2011: ウィンドプロファイラで得られたスペクトル幅による乱気流監視の可能性.日本気象学会大会講演予稿集,(99),171.
宇河拓未, 2016: WPR及び数値シミュレーションを用いた乱気流遭遇事例の解析.日本気象学会大会講演予稿集,(109),291.