標記研究会が2020年2月7日13時30分から18時00分まで,気象庁講堂において開催された.今回の研究会は前回同様120名を超える参加者があった.共同発表を含め10機関1個人から12題の発表があり,すべての講演で熱心な質疑応答があり会議は予定時間ぎりぎりまで行われた.
研究会前半は主に雷に関する事例解析・観測手法などについての発表があった.これに対して,運航管理者・管制官・予報官・パイロット等様々な立場の人から質疑応答があり,安全かつ効率的な運航のために互いの協力が必要であることなどが語られた.
また,後半では主に局地前線・霧・低層ウィンドシアなど運航に悪影響を与える気象の事例解析・数値解析などが発表され,質疑応答を通じて事実を共有することにより安全運航に資するものとなった.
航空機の運航においては,特殊気象の遭遇とその影響を避けるべく,種々の気象情報を活用しながら必要に応じて経路の迂回を実施している.台風が存在するときに飛行計画の段階で運航管理者が関与して迂回経路を予め作成するケースや,火山灰の拡散により飛行 中に経路変更を実施して迂回するケース,そしてパイロット判断により管制官とのやり取りを行いながら積乱雲を迂回するケースなど,原因となる気象現象の空間および時間スケールによって,様々な状況が発生する.こうした気象現象の迂回や回避の現状を踏まえながら,特に被雷やウィンドシアーのような離着陸に影響を及ぼす気象現象がターミナル空域に発生している場合の課題について紹介した.
2.二重偏波レーダーによる降水粒子判別を用いた雷雲の特徴落雷・被雷は航空機の安全運行に大きな影響を及ぼす.特に飛行経路の限られる離着陸時に発生頻度が高いことが知られており,発雷する雲を事前に検知することによりこれらの被害を低減させることが期待される.本研究では,気象庁LIDEN(LIghtning DEtection Network system)による雷観測および成田空港の二重偏波空港気象ドップラーレーダー(Doppler Radar for Airport Weather;DRAW)による積乱雲の観測結果を用いて,発雷する雲が持つ雲微物理的特徴の検出を行った.近年空港に導入されつつある二重偏波レーダーは,雷雲内の雲・降水粒子の種類やその分布情報を得ることが可能となり,特に積乱雲内の電荷の発生に重要とされる霰・雹の情報を得ることが出来る.その結果,従来のレーダー反射強度のみを使った指標と雷頻度と関係に比べ,霰と氷粒子を組み合わせた指標と雷頻度の関係がより高い相関を示すことが明らかとなった.またこれらの指標の時間的な変化も調査し,雷の直前予測にも有効である可能性を示した.
3.2019年の特異な落雷事例と発雷の特性について当社は,独自観測した雷情報の提供を業務の柱としており,勤務中は全国各地の落雷を監視しているが,稀に興味深い落雷や雲放電を観測することがある.今回は,冬から春先に関東で発生した電流値が大きな正極性の落雷,飛行場での多重落雷,及び令和元年台風第15号の目の壁雲付近での発雷について紹介した.
4.LMAによる関東における3次元トータル雷観測防災科研では,Tokyo LMAと呼ばれる雷3次元観測システムを首都圏に構築し,2017年4月から連続観測を行っている.この測器の特徴は,落雷および雲放電(トータル雷)をフラッシュ単位で高精度に捕捉し,各フラッシュの3次元放電経路を可視化できる点であ る.雲放電は落雷よりはるかに多く発生し,また,雷雲の一生では雲放電がしばしば落雷より先行して発生するため,Tokyo LMAで観測する雲放電情報は落雷予測や雷雲検知に役立つと考えられる.発表では,これまでにTokyo LMAで観測した,一般的な雷雲による雷活動,雷雲からリーダが横に飛び出して落雷するbolt-from-the-blueと呼ばれる落雷,高い建物からリーダの進展を開始する上向き落雷といった様々な雷放電の3次元観測結果を紹介した.また,Tokyo LMAデータの航空機運航等への利用可能性についても議論した.
5.航空管制の環境変化に対応した航空交通管理(ATM)向け気象情報日本上空を飛行する航空機数は依然増加傾向にあることから,航空路の容量拡大をはかるための国内空域再編が進められており,航空管制の環境が変化しつつある(航空気象研究連絡会 2019).それに対応し,航空交通気象センター(気象庁)は,航空交通管理センター(航空局)に提供しているATM向け気象情報の変更を行っている.ATMにおいては,航空交通流に大きく影響するような現象の発生が見込まれる場合は積極的なサブシナリオの共有が重要である.ATM向け気象情報の現状について事例を交えて紹介した.
6.関東平野に発生する沿岸前線のMSM予報バイアスに関する解析沿岸前線は温かい海からの暖気と内陸の寒気の間に形成される局地前線であり,航空機の離発着などにおいて,正確な前線位置の予報が重要な現象である.気象庁メソスケールモデル(5kmメッシュ)は,関東平野に発生する沿岸前線を実況より内陸側に予報する傾向があることが指摘されている(原 2014;河野ほか 2019).2015-2018年に発生した沿岸前線に対する統計解析を行い,予報時間が5時間程度より経過すると,降水の有無にかかわらず前線が実況より内陸側にずれるバイアスが生じることを明らかにした.その要因を調べるために数値モデルによる感度実験を行った結果,バイアスは主に数値モデルの山岳が実際より低いことが原因だと分かった.解像度を2km,1kmにすることで,前線位置の誤差距離は平均して27%,35%減少し,またモデル地形に山の稜線高さを維持するEnvelope Orographyを導入した場合は予報誤差がほぼ解消した(Suzuki et al. 2021).
7.霧による気象状態悪化の特徴青森県の三沢飛行場では,他地域に比べ夏季における霧による気象状態の悪化が起こりやすく,航空機の運航の大きな障害となっている.航空気象において,気象の急変に対応するためには悪化の兆候を早期に察知し,十分なリードタイムをもって操縦者に伝達することが重要であるが,霧の場合,気象状態の変動が大きく,その影響が数時間から数日に及ぶ場合もあり,リードタイムを確保することは難しい.霧による気象状態悪化の性質解明を目的として,気象観測値をもとに統計解析を行い,霧による気象状態悪化の特徴について報告した.
8.航空機に与える低層風の情報提供システムSOLWINとPCSの融合に関する共同研究ANA提案のPCSと,宇宙航空研究開発機構(JAXA)とソニック社で開発した低層風情報提供システム(SOLWIN)からの風情報を組み合わせたA-PCS(Advanced Predictive Caution System)を開発した.A-PCSにより,地上の風向・風速だけではなく,シア(上空の風の変化)が着陸時の接地状態に大きな影響を及ぼすことが明らかとなり,シアの影響を含めた予測が可能となった.これにより,従来のPCSで生じていたシアなしの状況下での過剰なCaution(空振り)や,シアありの状況下での過小なCaution(見逃し)を,A-PCSでは防ぐことが可能となった.当該情報を予め運航乗務員へ伝えることにより,過度の垂直加速度を伴った着陸や,不安定な姿勢のままの着陸を未然に防止することが期待される.
9.成田国際空港における水平ロール渦に起因する低層ウインドシア2013年と2014年の当研究会において,着陸機の飛行記録とドップラーライダーが観測したドップラー速度データによる当該現象の解析結果を報告した(航空気象研究連絡会 2016a,b).今回は,速度幅データを加えた更なる解析によって得られた水平ロール渦(Hori-zontal Roll Vortices;HRV)の詳細な構造とそれに起因する乱気流を伴った低層ウィンドシア(Low-Level Wind Shear;LLWS)の特徴について報告した.解析によると,HRVは南西の強風と下層ジェットが対流混合層上端付近に位置する環境場において,水平スケール(回転の向きが互いに反対方向の一対の渦の幅)が約800m,鉛直スケールが約500m,渦の回転軸が一般流とほぼ平行な状態で成田空港の位置する下総台地一帯の大気境界層に幾筋も出現している.地表付近で発散するHRVの回転軸に直交する流れは,滑走路末端と接地点の間の狭い空間(約400m)でLLWSを引き起こしている.HRVの下降流は下層ジェットの運動量を下方に輸送して対流混合層下部に幅約200mのバンド状の強風域を形成し,この強風域の地表付近(地上約50m以下)には顕著な乱流域が現れている.このHRVの構造は,着陸機が滑走路末端通過後に乱気流を伴った強い横風(南西風)が弱まると同時に追い風成分に遭遇する可能性を示唆している.
10.成田空港で強風時に発生する水平ロール構造のラージ・エディ・シミュレーション空港に設置されたドップラーライダーは,大気境界層内で,主風向にほぼ平行な軸を持ち,数100mの間隔で並んだロール構造を観測しており,これらの構造に伴う大きな水平風速と乱流強度の変動が指摘されている(Yoshino 2019).しかしながら,観測データの解析からのみでは,水平ロール構造の生成機構や,これに伴う風速や乱流の変動機構を明らかにすることは難しかった.水平解像度を高めた領域気象モデル(気象庁非静力学モデル,JMA Non-Hydrostatic Model;JMANHM)をラージ・エディ・シミュレーション(Large eddy simulation;LES)として用い,当日の大気境界層の乱流構造を再現して,水平ロール構造の実態や生成機構を明らかにする.計算は水平解像度1kmのOuter Runの中に水平解像度100mのLES Runをネストして行い,計算領域の中心を成田空港とした.Outer Runでは,関東沖の下層で卓越する南西風が東京湾で加速され,成田空港へ到達する環境場が再現された.この強い南西風により,大気境界層には強い鉛直シアが存在していた.また晴天であったため,日射で加熱された地表からの顕熱フラックスにより,陸面を吹走するにつれて,対流混合層が徐々に発達していた.LES Runでは,大気下層に水平ロール構造が再現され,滑走路に平行な方向の水平速度成分に10m s-1程度の周期的な変動が地面付近に生じている.また,シミュレーション結果から生成した疑似的なドップラー速度はライダー観測でみられたパターンとよく合致する.
11.日本の南を通過した低気圧と乱気流~2019年10月29日の事例~2019年10月29日は,日本の南を低気圧や前線が通過し,太平洋側を中心に雨となった.地上では特に大雨となることはなかったが,上空では九州~北海道の広い範囲でModerate~Severeの強度の乱気流が,多数報告された.乱気流の発生場所は,①前線面,②低気圧や前線の北側に広がる厚い雲域の雲頂付近,③西から大気中層に流れ込む乾燥域の先端部分に大別できた.これは,日本の南を低気圧等が通過する際に発生する乱気流の特徴を良く表していた.実際の予報作業において着目するポイントと合わせて,現象の構造を紹介した.
12.航空機搭載型ライダーを用いた機体動揺低減技術の研究開発JAXAでは晴天乱気流を検知できる,航空機搭載用のドップラーライダーを開発し,パイロットへ乱気流情報を提供する「乱気流事故防止システム」を飛行実証してきた.ドップラーライダーは,前方にレーザー光を照射し,気流と同様に運動する空気中の小さな粒子(エアロゾル粒子)に当たった光の散乱を計測することができ,その計測データから,計算によりエアロゾル粒子の動きを知ることで気流を計測する.検知した乱気流情報と航空機のオートパイロットとを組み合わせ,乱気流による急な機体の揺れを抑える「機体動揺低減技術」の開発を進めており,開発状況について情報提供した.
参考文献
原 旅人,2014:最近発生した顕著事例に関する検討.平成26年度数値予報研修テキスト,気象庁予報部,118-144.
河野耕平,氏家将志,國井 勝,西本秀祐,2019:メソアンサンブル予報システム.令和元年度数値予報研修テキスト,気象庁予報部,1-15.
航空気象研究連絡会,2016a:第7回航空気象研究会の開催報告.天気,63,904-907.
航空気象研究連絡会,2016b:第8回航空気象研究会の開催報告.天気,63,908-911.
航空気象研究連絡会,2019:第13回航空気象研究会の開催報告.天気,66,808-811.
Suzuki, K., T. Iwasaki and T. Yamazaki, 2021: Analysis of systematic error in numerical weather prediction of coastal fronts in Japan’s Kanto Plain. J. Meteor. Soc. Japan, 99, doi:10.2151/jmsj.2021-002.
Yoshino, K., 2019: Low-level wind shear induced by hori-zontal roll vortices at Narita International Airport, Japan. J. Meteor. Soc. Japan, 97, 403-421.