第17回航空気象研究会の開催報告

(天気,71巻7号にも掲載しています)

 標記研究会が2023年2月10日13時30分~17時30分に航空気象研究会がオンライン開催された.
 当日は各地で大雪となったが,気象庁,航空局,航空会社,大学・高専,研究機関,気象・航空関係事業者等,様々な機関から約100名が参加し,乱気流,雷,霧,ジェット気流等,運航に影響する様々な気象現象に関する最新の研究成果報告が行われた.
 前半は上層の晴天乱気流やJet気流の季節・気候的変動,山岳波に伴う上層乱気流等の分析研究から,海霧流入による飛行場悪視程発現予測研究の発表,後半は3D可視化技術による雷回避技術,雷3次元観測ネットワークや二重偏波レーダーを活用した詳細な雷発現機構把握技術の発表があった。研究会では、気象技術と運航技術の両面から,技術開発の方向性を含めて活発な議論が行われ,30分近く時間延長し,来年度に繋がる形で終了した.

【研究発表題目(所属は当時のもの)】
1.日本空域の上層における中程度の強さの晴天乱気流の発生環境場の季節別特徴
伊藤創司(慶應義塾大学 政策・メディア研究科)

 航空機の安全な航行を妨げる主な要因として乱気流が挙げられる.様々な予測モデルが開発されているが,乱気流の発生位置・時間を精度よく予測するシステムはない.その背景には乱気流の発生メカニズムや発生時の環境場が完全にはわかっていないことが挙げられる.特に,日本上空を対象とした乱気流研究は非常に少なく,未解明の点が多く残る.
 そこで本研究では,過去の航空機気象観測報告(PIREP)と気象再解析データ(MANAL)を用いて,日本上空の上層で発生した中程度の強さの晴天乱気流を対象として発生時の環境場を季節別に明らかにした.その結果,冬季では強いジェット気流のトラフ周辺で対象とした乱気流が生じやすく,強い鉛直シアーによってケルビン・ヘルムホルツ不安定が発生していたことが多いと示唆された.6月では,遭遇地点の下層で東西方向に伸びた強い帯状の収束場があり,強い変形運動によって発生していたことが多いと示唆された.また,収束場は梅雨前線の可能性があり,梅雨前線が乱気流の発生に寄与していることも示唆された.

2.北太平洋偏西風レジームの予測可能性と航空分野での利用可能性に関する研究
田中拓海(筑波大学理工情報生命学術院) 
松枝未遠(筑波大学計算科学研究センター)

 冬季北太平洋域の300hPa面東西風(U300)偏差を8つのJetレジームに分類し,レジームと日本–北米間の航跡(日本航空株式会社提供)の関係,および,Jetレジームの季節スケールでの予測可能性を調査した.飛行緯度偏差に対するU300偏差の線型回帰図から,東京発北米行きの便は平年よりも偏西風が強い領域を,北米発東京行きの便は平年よりも偏西風が弱い領域を選択して飛行していることが確認できた.また,東京–北米西海岸便の航跡は,東京–北米東海岸便の航跡と比較し,北太平洋の偏西風の東西/南北の変動に強く関連していた.また,Copernicus季節アンサンブル予報によりJetレジームの予測精度を調査したところ,強風域が日本付近に限定されるレジームで精度が最も高かった.
 特に,予報対象月がEl Niñoの場合,La Niñaの場合よりも予測精度が高い傾向にあり,El Niñoの発生が北太平洋上の偏西風の予測可能性の向上に大きく寄与していることが分かった.

3.気象衛星水蒸気画像に現れたハイドロリックジャンプと強い乱気流
吉野勝美 

 2020年3月5日と20日の朝9時頃,降下中の旅客機が吾妻連峰(最高峰の標高2035m)の風下,高度15,000~10,000ftにおいて強い乱気流に遭遇した.いずれの事例においても,静止気象衛星(Himawari-8)の水蒸気画像には,吾妻連峰の尾根付近から風下側にかけてハイドロリックジャンプと推定される「互いに接する一対の暗域と明域のパターン」が見られ,乱気流遭遇域はこの明域に符号していた.このパターンの一般流に沿った水平スケールはいずれのケースも約20㎞であり,奥羽山脈一帯の500hPa付近に安定層(前線)が位置し,山頂から安定層下面にかけた気層の平均風はWSWの約40~50ktと推定された.なお,同時刻の水蒸気画像には奥羽山脈の他のピークにおいても類似のパターンが現れている.発表では,これらの事例の気象解析と当該事例について実施された数値シミュレーションの結果を報告し,水蒸気画像によるハイドロリックジャンプに伴う乱気流の監視の可能性について触れた.数値シミュレーションでは、ハイドロリックジャンプの構造と水蒸気画像に現れた暗域と明域と良く一致する強い下降流域と上昇流域が詳細に再現された.

4.東北北部太平洋側の飛行場における海霧流入のタイミングについて
(2011年8月3日の事例研究)
伊藤 雅(航空自衛隊航空気象群中枢気象隊統合気象システム班)

 飛行場において海霧が流入すると,急激に視程の悪化及び雲底高度(以降シーリング)の低下が起こり,航空機の運航に影響を及ぼす.精密進入装置が整備されている飛行場では,視程不良の中でも着陸は可能だが,精密進入装置が整備されていない飛行場や小型機の運航にとって,視程の悪化やシーリングの低下は,急な目的飛行場の変更等の必要性が生じる.
 東北北部太平洋側において,海霧の発生要因や流入後の状態についての調査研究はなされているものの,流入のタイミングに関する研究は数少ない.本研究は,急激な気象状態の悪化を引き起こす海霧の流入タイミングについて,東北北部太平洋側の飛行場を例として調査した.
 飛行場の観測データから霧流入時の約3時間前に東風が強まっていたことがわかった.また,気象庁MSM解析値の編集データを基に事例解析を行ったところ,鉛直対流が強まることにより地上風速が大きくなっていた.飛行場での風速は海霧の流入速度よりも早く,上空の風が対流により地上に降りてくるため,霧の流入前に風が強まり,後に遅れて海霧が流入することが示唆された.

5.3D気象技術と被雷対策
神田安奈(全日本空輸株式会社 OMC オペレーションマネジメント部)

 航空会社にとって被雷は難敵の一つだ.航空機が被雷するとかなりの時間や費用をかけて点検や修理を行う必要があり,遅延や欠航につながることも多い.とりわけ冬季は航空機がトリガーとなって被雷することが多く,また冬季雷は夏季雷に比べ放電量が多い為,航空機への被害も大きくなる.誘発雷の回避には水平回避だけでなく鉛直方向への回避が有効であるがイメージを持ちにくいことが課題であった.その為,「誘発雷の予測技術(JAXA)」,「3D気象描画技術(エムティーアイ)」,「被雷回避ノウハウ(ANA)」を合わせて3次元的に被雷回避を行う為のアプリ(3DARVI)の共同開発を行っている.このアプリで被雷危険領域を可視化しパイロットは飛行前に回避イメージを確認,飛行中は運航支援者を経由し回避のためのアドバイスを実施することで「被雷ゼロ」を目指して取り組むことを紹介した.

6.雷3次元観測ネットワークシステムを活用した雷情報発信について
櫻井南海子,清水慎吾,宇治 靖,鶴見優作,岩波 越(防災科学技術研究所)

 防災科学技術研究所では,雷3次元観測ネットワークシステムを首都圏に構築し(Tokyo LMA),2017年4月よりトータル雷観測を行っている.Tokyo LMAで取得した雷情報のリアルタイム公開を2020年から開始したので,本発表では3つのリアルタイム雷情報表示について紹介した.一つは,雷3次元情報を1分更新,3次元表示で公開しているTokyo LMA WEB(https://mizu.bosai.go.jp/LMA/LMAwatching/)である.高頻度更新と雷の高度情報が分かる点が特徴である.
 もう1つは,雷3次元情報を水平面に2次元投影したソラチェク (https://isrs.bosai.go.jp/soracheck/storymap/)である. ソラチェクは,5分間隔更新,GIS表示形式で,風,雨,ひょう等の情報と一緒に閲覧できる点が特徴である.
 3つ目は,雷3次元情報を秒単位で更新し3次元表示するLiveLMAという機能である.
 LiveLMAは前2つと異なり,閲覧者のパソコンで雷データを直接受信し表示する.発表では,これらの雷情報表示の詳細を紹介し,航空機運航等への利用可能性について議論した.

7.二重偏波レーダー及び雷3次元観測システムを用いて考察する
夏季積乱雲内部における降水粒子と電荷構造の対応
梅原章仁(気象研究所、筑波大学大学院)
櫻井南海子(防災科学技術研究所)
吉田 智(気象研究所)
林 修吾(気象研究所)
清水慎吾(防災科学技術研究所)
山内 洋(気象研究所)
出世ゆかり(防災科学技術研究所、筑波大学大学院)

 航空機の安全運行に大きな影響を及ぼす雷は,積乱雲内部の電荷領域を中和する放電現象である.多くの夏季積乱雲内部では,上層から下層にかけて正・負・正の三重極構造となることが知られており,特に負電荷と下層の正電荷領域は,負極性落雷発生のために必要とされている.これら積乱雲内部の電荷構造は,主として霰と氷晶の衝突による電荷分離(着氷電荷分離機構)の結果として形成されると考えられているが,下層正電荷の生成機構に関しては,まだ十分には明らかになっていない.
 本講演では,下層正電荷に注目して,二重偏波レーダーから推定した降水粒子分布,三次元放電路観測システム(Tokyo LMA)から推定した電荷分布,及びデュアルドップラー解析で求めた上昇流域を,それぞれ比較した結果を発表した.その中で,上昇流域の下層正電荷は,霰よりも雨水に関連した降水粒子との対応が良いこと,一方で,下降流域の下層正電荷は,雨水に関連する粒子よりも霰との対応が良いことを示し,これらの結果を合理的に説明可能な電荷分離機構について考察した.