第18回航空気象研究会の開催報告

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 2024年2月9日13時30分~17時30分に航空気象研究会がオンライン開催された.
 当日は,気象庁,航空局,航空会社,大学・高専,研究機関,気象・航空関係事業者等,様々な機関から100名近くの方々が参加し,航空機の安全・安定運航確保に欠かせない,台風,乱気流,火山灰,雷等の気象現象に関する最新の研究成果報告が行われた.
 前半はマルチアンサンブルを用いた台風進路の予報楕円導入に関する研究の状況にはじまり,日本空域のシーラスバンドや梅雨前線周辺における乱気流に関する予測・解析研究,山岳波に伴い仙台空港で発生した強風と激しい風速変動に関する研究成果が発表された.
 後半は火山灰拡散予測情報等を用いたエンジン停止事例分析,航空機運航における被雷対策の現状,夏季の東北北部太平洋側の雷分布や関東の晴天時に突然発生した雷に関する分析的な研究成果が発表された.
 本研究会では,気象技術と運航技術の両面から、今後の研究・開発に関する課題・方向性等について活発な議論が行われ,来年度に繋がる形で終了した.

【研究発表題目(所属は当時のもの)】
1.マルチアンサンブルを用いた台風進路予報における予報楕円
川端康弘,山口宗彦(気象研究所)

 近年,台風進路予報の不確実性を見積もるためにアンサンブル予報の有用性が議論されてきた.現在の台風進路予報は海外も含めた複数の数値予報センターのアンサンブル予報が用いられている.マルチアンサンブルを用いることで,台風ごと,初期値ごとに異なる予報の不確実性を表現でき,大気の流れに応じて予報円の大きさを決定できる.本研究では台風進路予報において従来の円形ではなく,楕円形を利用した時の有効性を調査した.
 4つの数値予報センター(気象庁,欧州中期予報センター,米国環境予測センター,英国気象局)の予報データを用いて解析を行った。その結果,予報楕円を用いることで,予報円と比較して,3~5日先予報で20%程度予測領域の面積が減少することがわかった.
 また,アンサンブルメンバーの分布をより適切に表現でき,台風の移動方向もしくは移動速度のどちらに不確実性が大きいかという予報特性の把握に有効であることが示唆された.

2.シーラスバンド付近の乱気流予測の試み
五十嵐健祐(気象庁大気海洋部予報課航空予報室空域予報班)

 低気圧に伴う雲バンドの東縁や南縁の先端付近では,上層の流れに平行な列状のCiが観測されることがある.これをCirrus bands(シーラスバンド)という.シーラスバンドは,雲中の相当温位の鉛直傾度がゼロまたはわずかに負となる層に水平ロール対流として形成され,対流に伴う鉛直流や重力波により乱気流を引き起こすとされている.シーラスバンドの発生高度は10~13kmといわれ,航空機の巡航高度であることから安全な運航のためにその発生時間と領域の予想が期待される.しかしながら,有効かつ客観的な予測手法はまだ確立されていない.これは,シーラスバンド付近は水平風の鉛直シアー(VWS)が小さいため,VWSがケルビン・ヘルムホルツ不安定を励起させるという従来から調査されてきた乱気流の予測手法では捕捉できないためである.先行研究では,雲中の安定度診断の指標として,湿潤過程を考慮に入れたブラント・バイサラ振動数の2乗(Nm2)が使われ,Nm2が負の領域の風下側でシーラスバンドが発生することが数値実験で示されている.これらの研究結果に基づいて,北太平洋航空悪天GPVから算出したNm2による,シーラスバンド付近の乱気流予測の試みを紹介した.

3.梅雨前線周辺で発生した乱気流の統計解析
伊藤創司(慶應義塾大学 政策・メディア研究科 後期博士課程2年)

 航空機の安全な運行を妨げる気象要因として乱気流が挙げられる.乱気流はジェット気流の周辺,対流を伴う雲の中や近辺,山岳地帯の周辺で発生しやすいことがわかっている.しかしながら,梅雨前線と乱気流の関係に注目した研究は少ない.発表者のこれまでの研究から,6月の日本上空で発生した晴天乱気流は梅雨前線の北側で発生することが多いことが示唆された.本研究では梅雨前線から乱気流発生地点までの距離の特徴と距離ごとの環境場の特徴を明らかにする.上層で発生した晴天乱気流を対象として梅雨前線の北側と南側で遭遇した事例に分けて解析した結果,北側の事例が多いことがわかった.また,北側は梅雨前線から約400 km離れた地点で遭遇数が最も多かったが,南側では梅雨前線に近いほど遭遇数が増えていた.このことから,梅雨前線の北側と南側では乱気流の発生プロセスに違いがあることが示唆された.

4.日本空域における乱気流の統計解析
宮本佳明(慶應義塾大学)

 本研究では,2006年から2018年までの日本で発生した乱気流の統計情報を,Pilot Report(PIREP)を解析した.この期間内で,Moderate以上の乱気流が81,639件報告された.月ごとの乱気流事例数は,異なる地域を対象にした既往研究と同様に,3月から6月にかけて多く,7月と8月に少なかった.特に東京周辺と主要な飛行経路では,午前9時から午後8時までの活発な期間に乱気流が多く発生していた.
 乱気流の事例数は,FL330付近で最大になり,FL380以上もしくはFL280以下で減少した.統計的な特徴は季節ごとに大きく変わらないものの,いくつかの例外もあり,例えば夏季には高い高度で乱気流が多く,冬季には低い高度で少なかった.特にFL200からFL350の間では,飛行機の数は少ないにもかかわらず,乱気流の頻度が高かった.夏季の昼間には対流に起因した乱気流が多く,日本上空でジェット気流が流れる秋と冬には,山岳波による乱気流が多く報告された.
※FL(フライトレベル):標準気圧値1,013.2hPaを基準とした等圧面.日本では14,000フィート以上の高度は通常フライトレベルにより表わされ,100フィート単位の数値のみで表示する

5.仙台空港における山岳波に伴う強風と激しい風速変動
吉野勝美

 2020年3月に仙台空港において観測された蔵王連峰後流の山岳波に伴う強風と激しい風速変動について報告した.
 3月20日の事例では,平均風速約10kt(約5m/s)の弱風と平均風速20kt(約10m/s)以上,ガスト30kt(約15m/s)以上の強風が交互に出現し,強風のピークは風向290度,平均風速35kt(約18m/s),ガスト46KT(約23m/s)に達した.弱風が観測された09:00JSTにおける静止気象衛星(Himawari-8)の水蒸気画像によると,奥羽山脈の尾根付近から風下に広がった暗域の先端にあたる仙台空港付近にはハイドロリックジャンプと推定される明域が分布し,仙台のウインドプロファイラーは高度3km以下に50~70kt(約25~35m/s)に達する強風層と3~4m/sの上昇流を観測していた.
 3月5日の事例では,前記のような風速の激しい変動は観られないものの平均風速20kt(約10m/s)以上,ガスト30kt(約15m/s)以上の強風が持続し,強風のピークは風向270度,平均風速39kt(約20m/s),ガスト51kt(約25m/s)に達した.水蒸気画像には蔵王連峰の風下近傍にハイドロリックジャンプと推定される明暗のパターンが現れ,その下流側には波状の暗域と明域が続いていた.これらの事例では仙台空港において低層ウインドシアが報告された.
※ガスト(Gust):観測時刻前10分間に平均風速を10kt(約5m/s)以上上回る最大瞬間風速のこと

6.火山灰拡散予測モデルPUFFとJRA-55再解析風を用いたエンジン2基停止事例の検証
加藤芳樹(Weather Data Science合同会社)
小野寺三朗(NPO法人火山防災推進機構)  

 1991年6月27日,福岡に向けて航行中の外国社のDC10型機がFL370でエンジン2基停止する事態が発生している.雲仙火山火砕流からの火山灰に遭遇した事がその原因として,米国地質調査所により,世界で発生した最深刻被害事例9件中の一件としても登録され,2001年発行のICAO文書に掲載され以後世界の知る所となった.
 一方,エンジン停止原因を雲仙の火山灰とする推定については,既に2013年の第7回研究会で小野寺から疑問が示されている.また2010年代に気象庁公開のJRA-55再解析気象データがより高品質となり,当時の火山灰拡散状況を精度良くSimulationする事が可能となった.そこで火山灰拡散予測モデルPUFFを実装し,予め他火山の噴火事例でSimulationの信頼性を確認した上で,雲仙の事例のSimulationを実施した.その結果,1991年6月27日の雲仙火砕流火山灰によってエンジンが停止する可能性はほぼない事が示された.
 本研究は火山関係学会誌に投稿準備中であり,本発表ではPUFF部分を中心に解説した.

7.航空機運航における機体被雷対策
坂本 圭(全日本空輸株式会社OMCオペレーションマネジメント部)

 航空機への被雷は,運航の安全を直接脅かすものではないが,その後の点検や修理によって後続便の遅延や欠航をもたらすことでオペレーションに大きな影響を与える要因の1つとなっている.ANAでは,これまで直接予測することが難しかった「誘発雷」について,高度を含めた情報を確認できるツールを,JAXAおよびエムティーアイ社と共同で開発してきた.空港の運航支援者による確認と運航乗務員へのアドバイスをベースに運用を展開しており,昨年の発表に引き続き,昨冬季・今冬季の活用事例を踏まえて実績を紹介した.機体被雷対策においては,従来からの気象情報の活用に加え,今回開発したツールを確認することで,出発・到着経路の変更/高度処理を適切に行ない,被雷を回避できる事例があったことを示した.

8.航空機運航における被雷削減への取り組みの現状
本間史也(日本航空株式会社オペレーション安全・品質推進部)

 航空機への被雷が発生すると,機体構造へのダメージ有無の確認と,必要な補修方法についてのメーカーなどへの問い合わせに時間を要するため,ひとたび被雷すると数時間~数日間にわたってフライトに供せないことがある.特に寒候期における誘発雷は,機体へのダメージも大きく,また既存の気象レーダーから得られる降水エコーだけでは発生域の詳細な予測が困難であり,したがって被雷回避のためには新たなプロダクトの活用と,航空管制業務との協調が必須となっている.
 本講演では,三菱重工業株式会社によって開発された被雷回避支援用のソフトウェア「Lilac(ライラック)」の活用状況を紹介しつつ,日本航空グループにおける対策の現状と課題について,事例を交えながら紹介した.

9.夏季における東北北部太平洋側の雷分布について
伊藤 雅(防衛省航空自衛隊航空気象群中枢気象隊統合気象システム班)

 南北に長い日本列島において,各地域は気象学的環境場に影響を受けるため,年雷日数やその季節変化は多様となっている.夏季の東北地方太平洋側(以降、研究領域)の放電活動について時空間に詳しく調べた研究は少ないため,その経年変化や空間分布について気象庁LIDENデータ,MSM解析値データおよび日々の天気から調査を実施した.
 2015~2018年に比べ2020~2021年にかけて雷日数は増加した.また,研究期間の雷時間数は12~15時と21~0時にピークが見られた.さらに空間分布に着目すると,2015年は山間部(奥羽山脈や北上高地),2020年は山間部に加え平野部(三本木原)にも発雷域が分布していた.この2020年の総観場は東北地方に停滞前線が位置しやすい場であった.研究領域で発雷しやすい大気場について調べるために,発雷日に着目したコンポジット解析を行った.発雷日が相対的に少ない2018年と相対的に多い2020年に着目すると,前線の影響のため高湿度の空気塊が東風により下層に入りやすく,大気の状態が不安定となることで,年及び時間帯による発雷分布の違いを生じたことが示唆された.

10.関東で観測された青天の霹靂の特徴について
櫻井南海子(国立研究開発法人防災科学技術研究所)
工藤剛史(音羽電機工業株式会社)        

 青天の霹靂(BFB:Bolt-from-the-Blue)とは,雷雲の側面や上端からリーダが飛び出して地面に落ちてくる負極性落雷である.BFBは雨域外に落雷するため,危険な雷の1つと言える.決してめずらしい現象ではないが,BFBの特徴やBFBを発生する雷雲の特徴について調べられた研究は多くない.本発表では,3次元雷観測システム(Tokyo LMA)データ等からBFBがしばしば発生することを確認し,特に詳細に調べた2018年8月26日に茨城県南西部で発達した雷雲から観測されたBFBの特徴について報告した.
 この雷雲からは,18個のBFBが観測され,これはこの雷雲の一生のうちに発生した全落雷の約13%にあたる.雷雲の雨域から落雷地点までの水平距離は,最大約3.6 km,平均約1.4 kmであった.
 また,BFBが発生する方向には偏りが見られ,雷雲の進行方向に対して右側で発生する傾向がみられた.中には進行方向後方に向かって雷のリーダが伸展した事例があり,雷雲が過ぎ去って雨が上がったところに落雷している危険な雷であることを示した.