標記研究会が,2009年2月20日13時30分から18時まで,気象庁講堂において開催された.本研究会は,航空機の安全で効率的な運航にとって不可欠な気象の観測や予報,情報提供などについて,気象学会レベルで関係者が広く交流し,研究を促進するために,2006年3月に日本気象学会のもとに「航空気象研究連絡会」が設置され,その活動の場として,今回の第3回の研究会に到ったものである.研究発表は別記のように9題であった.参加者は約80名で,民間航空,研究機関,気象事業者,日本気象予報士会,防衛省関係者,気象庁関係者など,航空に係わる種々の分野の人々が一堂に会した(第1図).
研究発表は,古川委員長の挨拶に引き続いて,事務局の田畑,赤木,小林の司会の下に進められた.民間航空機を利用した温室効果ガスの観測,乱気流に関する観測や力学モデル,ウィンドシアー,ドップラーライダーによる観測,下層雲の雲底高度,米国における航空界の動向,次世代航空交通システムの動向など,多彩な発表があり,最後に総合討論を行った.これまで3回の研究会を通じて,航空気象に関係する種々の分野の人々が集う場が認知されつつあり,さらに発展する機運を感じた.なお,第4回の研究会は,2010年2月10日13時30分より気象庁講堂で開催の予定である.
(2008年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
古川 武彦(気象コンパス)
田畑 明 (気象庁航空予報室)
赤木 万哲(気象庁航空予報室)
水野 量 (気象庁観測課)
小林 俊彦(気象庁航空気象観測室)
井上 卓 (気象庁航空気象観測室)
三崎 保 (成田航空地方気象台)
山下 芳雄 (東京航空地方気象台)
吉野 勝美((株)全日空)
菊地 理 ((株)日本航空)
小野寺三朗(桜美林大学)
原岡 秀樹 (防衛省航空気象群)
紫村 孝嗣(防衛省航空気象群)
(連絡先) takefuru@eos.ocn.ne.jp 古川
(研究発表題目:発表者および要旨)
1.民間航空機を利用した大気中温室効果ガスの高頻度観測
町田敏暢(国立環境研究所),松枝秀和,澤 庸介(気象研究所),阿部泰典(日本航空),近藤直人(ジャムコ),酒井道久(日航財団)
民間航空機は,大気観測に利用するためには安全上の制約が大きいが,コスト,観測領域,観測頻度などの面では非常に有効な観測プラットフォームである.気象研究所,日本航空,日航財団は1993年より日本航空の運航する大型旅客機を使った豪州-日本間の定期的な大気サンプリングを開始し,上部対流圏における温室効果ガスの長期観測を実施してきた.2005年からは国立環境研究所と気象研究所を中心としたプロジェクトによって,新たに機上におけるCO2濃度の連続測定が実現し,これまでにない頻度で世界各地の鉛直分布や水平分布に関する膨大なデータが得られている.これらのデータはCO2観測の空白域を埋めることで炭素循環の解明に貢献するばかりでなく,温室効果ガス観測衛星の検証データとしても極めて有用である.さらに,CO2データを大気輸送の化学トレーサとして解析することによって,気象学の分野への新たな活用も期待できる.
2.中層雲底で発生する乱気流
工藤 淳(気象庁予報部)
前線面上に広がる中層雲の雲底付近では,しばしば乱気流が多数発生する.上空の前線帯でKelvin-Helmholtz (K-H)不安定により乱気流が発生することは従来からよく知られているが,中層雲底の乱気流の場合は,前線面に当たる雲底部分だけではなく,雲底から数千ft( 1ft = 0.3048m )下まで揺れが継続するという点が大きく異なる.このことは,中層雲底ではK-H不安定とは異なるメカニズムによって乱気流が生じている可能性があることを示唆している.航空機の観測データやレーダー,ウィンドプロファイラ等を用いて調査した中層雲底での乱気流発生時の特徴から,雲底とその下で発生する乱気流の原因について述べた.
3.濃尾平野における下層乱気流発生時の3次元非静力学モデル事例解析
島山知雪(防衛省航空気象群)
航空交通量も多く,周囲を低い山々で囲まれた濃尾平野を対象とし,冬期,低高度における晴天乱気流遭遇時の数値シミュレ-ションを実施した.その結果,航空機が晴天乱気流に遭遇した位置は,跳水型山岳波の上昇気流域と波動型山岳波の気温逆転層内とその下であった.これは,過去によく観測された事例と同じであり,晴天乱気流遭遇位置については,遭遇可能性がある地域及びパターンを紹介した.
4.富山空港におけるおろし風とウィンドシアーについて
伊藤 肇,荻島秀治(東京航空地方気象台)
富山空港でおろし風によると考えられる乱気流やウィンドシアーが報告された2005年4月20日の事例について,数値予報モデル(JMANHM)による再現実験を行った.その結果,神通川に沿って吹き降りる南風の上を両白山地を越えてきた南西風が下降して吹く様子が再現でき,逆転層の高度の低下とこれに伴う地上風と下層シアーの増大が乱気流やウィンドシアーと関連していることがわかった.なお,山越え気流に伴うハイドロリックジャンプの発生はみられず,乱気流との直接の関係は見出せなかった.
5.東京国際空港及び成田国際空港に設置された空港気象ドップラーライダーの測風性能特性
山本健太郎(気象庁観測部)
気象庁では東京国際空港(羽田)及び成田国際空港(成田)に空港気象ドップラーライダー(ライダー)を設置し,平成19年4月から羽田で,平成20年4月から成田で運用を開始している.
ライダーは赤外光を用いて大気中のエーロゾルの動きを観測することにより非降水時における風の流れを測定することができ,航空機の離着陸に影響を与えるウィンドシアー等の大気下層の風の急変を捉える事ができる.ライダーにより観測されたドップラー速度や,これから検出される低層ウィンドシアーの情報は民間航空会社や航空局等に提供されている.
本発表では羽田ライダーと新たに運用を開始した成田ライダーの運用方法の違いや観測データ提供の状況など,現在の気象庁における運用状況について報告した.
また,羽田・成田のライダーの観測データと地上風や航空機自動観測(ACARS)データとの比較調査より得たライダーの測風精度や観測範囲の変動特性などの測風性能について報告した.
6.成田空港のLIDARで観測した2008年9月26日の南西強風時のシアーライン
三崎 保(成田航空地方気象台)
成田空港は台地上にあり,強風時にウィンドシアーが多数報告される.このため,昨年度ドップラーライダーを整備し2008年4月からその運用を開始し,特に南西強風時を中心にウィンドシアーを監視している.
2008年9月25日夜から26日夕方にかけて成田空港では南西強風となり,ウィンドシアーレポートが多数入電した.このとき,ドップラーライダーによって観測されたシアーライン等の気流の乱れを示す特徴を報告した.
シアーラインは,A滑走路の北西側(16R)である着陸コース側,特に滑走路端2kmから接地帯付近に集中的に観測され,出発コース側(A滑走路の南東側(34L))にはほとんど観測されていない.これは,当空港の立地環境に大きく左右されていると考えられる.また滑走路に沿う336°方向の速度幅(スペクトル幅)の鉛直断面では,シアーラインが集中する付近及び高度300ft(ACARSでは安定層が存在)以下に速度幅の大きな領域が観測された.
7.地上気温と気象衛星を用いた北日本の夜間における下層雲の雲底高度推定
浮邉繁喜,遠峰菊郎,奥田智洋,高橋 靖(防衛大学校地球海洋学科)
下層雲の雲底高度は航空機の離着陸及び低高度での運航に影響を及ぼす.しかし,夜間は雲底高度を観測する観測所の多くが運用時間外となるために,その動向の監視は困難である.気象衛星GOESを利用したこれまでの研究から,夜間の下層雲検出には近赤外差分画像の利用が有効とされ(Ellrod 1995),赤外輝度温度と地上気温の気温差を利用して1000ft未満の雲底高度を推定できると考えられている(Ellrod and Gultepe 2007).本研究では夜間に海霧が発生しやすい北日本を対象として,気象衛星MTSATを使用した雲底高度の推定法について検証した.期間は2006年6月及び2007年6月の夜間(12Z~18Z)とし,各飛行場におけるMETAR(航空気象観測)実況値とアメダス観測値を利用した.
8.なぜ今NextGen*1・SESAR*2なのか
泉 耕二,及川博史(宇宙航空研究開発機構(JAXA))
世界の航空は今,未曽有の活況に入っている.米国は航空機による同時多発テロ(2001.9.11)以降大きな転換点を迎えている.それは質的な転換,即ち航空機利用の『多様化』を生み出した.従来の商業旅客輸送を中心とした公共航空交通システムによる大量輸送は混雑・定時性の劣化等から利便性が大幅に低下した.その対応策として,企業や個人のビジネスジェット等の小型機による移動の動きが活発化し,Air-Taxiの動きも始まっている.もうひとつの動きは高高度からの監視・偵察という航空機にとって重要な任務の無人機(無人化)の出現である.これ等の動きにより当然,従来の人を中心に据えた航空交通管理の概念での対応は難しくなる.また,機材の小型化,無人化という動きにより,気象の影響が強まる事になり,これらに対応した新たな航空交通システムが要求されている.将に『量の拡大』と『機材の多様化』という量と質を同時に満足する必要があるが,米国の空で今何が起こっているか,データを基に紹介した.
*1 Next Generation Air Transportation System:米国の次世代航空交通システム構想
*2 Single European Sky ATM Research:欧州の統一航空交通管理プログラム
9.次世代航空交通システムにおける航空気象の動向
濱田 渉(航空保安研究センター)
次世代に向けた航空交通システムの将来計画が我が国及び欧米諸国で検討されているが,欧米では,将来計画を実現するためには航空気象が重要な要素となることから,航空気象に関するプロジェクトが積極的に進められている.このような中で,次世代システム環境における航空気象の分野において我が国がどのような役割を果たせるかを見定めていくために,国内及び海外における航空気象に関する現状について報告を行った.
調査方法はインターネットからの情報収集に加え,航空機運航機関,気象研究開発機関,情報提供機関等の訪問による調査を合わせて行なった.訪問先は国内では航空局,気象庁,航空会社,海外では米国連邦航空局(FAA),米国海洋大気圏局(NOAA),MITRE社,マサチューセッツ工科大学リンカーン研究所(MIT/LL)である.これらの状況を紹介し,今後我が国が研究開発を進めていく上での方向を判断するための参考情報を提供した.
参考文献
Ellrod, G. P., 1995: Advances in the detection and analysis of fog at night using GOES multispectral infrared imagery. Wea. Forecasting, 10,606- 619.
Ellrod, G. P. and I. Gultepe, 2007: Inferring low cloud base heights at night for aviation using satellite infrared and surface temperature data. Pure Appl. Geophys, 164, 1193-1205.