標記研究会が,2012年2月7日13時30分から18時まで,気象庁講堂において開催された.
航空機の安全で効率的な運航にとって不可欠な気象の観測や予報,情報提供などについて,気象学会レベルで関係者が広く交流し,研究を促進するために,2006年3月に日本気象学会のもとに「航空気象研究連絡会」が設置され,その活動の場として,今回のような研究会を毎年行っている.
以下に講演要旨を紹介するように,9題について発表が行われ,民間航空関係者や気象予報士,防衛省および気象庁関係者など,今年も講堂が狭く感じるほどの約100名の人々が一堂に会した(第1図).
研究会は,古川委員長の挨拶に引き続いて,事務局の宮腰の司会の下に進められた.
講演題目は,晴天乱気流,事例解析(霧,台風,着氷),気象衛星画像の利用方法,ATM(航空交通管理)と気象とのかかわり,航空システム長期ビジョンと多岐にわたり,最後に質疑や討論を行った.
本研究会は6回目を迎えたが,年を重ねるごとに航空気象分野の人々が広く交流する場として着実に発展していることを実感した.
(2011年度航空気象研究連絡会; 所属は当時のもの)
古川 武彦(気象コンパス)
馬場 雅一(気象庁航空予報室)
宮腰 紀之(気象庁航空予報室)
横田 寛伸(気象庁観測課)
土井 元久(気象庁航空気象観測室)
塚本 尚樹(気象庁航空気象観測室)
池田 博文(成田航空地方気象台)
庄司桂一郎(東京航空地方気象台)
吉野 勝美(全日空)
浦 健一 (日本航空)
小野寺三朗(桜美林大学)
西野 逸郎(防衛省航空気象群)
山尾理恵子(防衛省航空気象群)
(連絡先) takefuru@eos.ocn.ne.jp 古川武彦
日本及びその周辺における激しい晴天乱気流の殆どは,前線層及び対流圏界面で起きていることが,航空事故調査の分析等から明らかになった. 飛行中の操縦士が飛行計画の経路上の前線層,圏界面に対して最大の注意を払うことの重要性が認識されつつある. しかし対流雲を起因とする乱気流とは異なり,目視やレーダーではそれを捕捉できない故の困難性が障害になっている. 一方,前線層は寒暖両気団の境界域として定義され,気団分析の理論から暖気団内の温位の最小値を上限とし,寒気団内の温位の最大値を下限とする領域として特定することができる. 今回の発表では,航空機周辺の大気の温位を測定し,これを前線層の温位と比較することによって操縦士が両者の位置関係を掌握し,更にそれを考慮した操縦を実施すれば安全性を高める可能性が大きいことを示し,いくつかの具体的提案を行った.
2.三沢飛行場に侵入する霧の構造について霧に関してこれまで多くの研究が実施されて来たが,そのほとんどは霧の発生機構や,構造を調べているものであり,2~3時間後の霧発現予測を目的としているものは数が少ない(野本 1970). その理由は,このような短時間予想は航空機の運用においてのみにしか必要とされていないこと,及び,通常の地上観測資料のみを使用している限り,有効な予測法が見出されて来なかったためであろうと推察される. そこで,2011年6月から9月までの3か月間,航空自衛隊三沢基地において,30m高度にあるレーダータワー屋上と,地上における気象観測値(風向風速,気温,視程,雲底高度)を比較することにより,地上において視程が悪化する前駆現象を検出しようと試みた.
3.衛星リモートセンシングを用いた下層雲の雲底高度推定手法飛行経路上に存在する雲底高度の低い下層雲は,特に有視界飛行による運航の大きな障害となる. このため,地上観測点のない地域・時間における雲底高度が推定できれば大変有用となる. 本研究では,衛星リモートセンシングを用いて雲底高度を推定する新しい手法を開発した. この手法は雲底下の気温減率(Γa)および雲内の気温減率(Γc)を仮定し,衛星の赤外チャンネル輝度温度と地上気温より雲底高度を求めるものである. Γa,Γcは過去の高層観測データを利用して統計的に求めた. 本推定手法を北日本の数地点の飛行場に対して適用し,検証を行った.
4.航空気象予報における衛星画像の利用-現状と将来-航空気象予報では,地上から高高度までの広い空域の気象予測を行っている. このため,航空気象予報作業において,大気の状態を把握するうえで,気象衛星の観測結果は非常に重要な観測データの一つとなっている. 現在気象庁では気象衛星による高頻度観測に取り組んでおり,その観測結果から新たに見えてきたことを紹介した.
5.気象庁における空港気象ドップラーライダーを用いた低層ウィンドシアー検出システムの開発・改善の取り組み気象庁では東京国際空港,成田国際空港,関西国際空港に空港気象ドップラーライダーを設置し,航空機の離着陸に影響を与える低層ウィンドシアー(LLWS)の監視を行っている. ライダーにより作成されるLLWSプロダクトは現在「シアーライン」「乱気流」の二つがあり,ウィンドシアー情報文や航空気象情報提供システムを通じてユーザーへと提供されている. これらの2つのプロダクトの検出性能の評価を行うと共に,このうち運用開始時から提供しつづけてきた乱気流プロダクトについて検出精度の向上が可能かプロダクトの改善を試みた. また,実際の航空機で利用されている揺れの指標であるF-factorをライダーのデータから算出する手法をはじめ,幾つかの新しい解析手法を試みた. この様な気象庁でのライダーデータの有効活用の為の取り組みについて一部を紹介した.
6.台風1115「ROKE」の眼の周辺における高層気象観測結果について2011年9月21日14時過ぎ,航空自衛隊浜松基地(静岡県浜松市中区)高層気象観測所において,台風第1115号(ROKE)の眼が上空を通過中にレーウィンゾンデ観測を行うことに成功した. また,ドップラー気象レーダーによる観測データも得られており,レーウィンゾンデ観測の航跡情報等から得られた結果などと併せて,台風の眼の構造に関する結果を報告した.
7.離陸直後に発生する着氷についての考察降雪時には,以前から離陸直後に着氷に伴う失速と思われる墜落事故がしばしば発生している. これらの事故についての事例等を分析するとその中に気象条件(気温と露点がともに零度付近にあり,その差が1℃以内で,湿潤な降雪がある.)が共通している事例があることが認められた. しかし,この気象条件は,現在,着氷予想に使われている-8D法によっては着氷条件に該当しない. 離陸時は定常飛行状態とは違い,航空機が機首を上げたときに翼周辺の気圧環境が大きく遷移することから,-8D法の基となる着氷のメカニズムとは別のメカニズムにより着氷が発生するのではないかと推察される. 過去事例にみられた離陸時に発生する着氷は,前述の気象条件下において,離陸前に翼上面に霜や湿潤な雪が残っていた場合,それが気化し,その際に奪い去る潜熱が大きく関与して起こるのではないかとの仮定をたて,その発生のメカニズムについての考察をおこなった.
8.ATMと気象のかかわり~現在・過去・未来~1994年,国土交通省航空局は航空交通流管理センターを設置,さらに2005年航空交通管理センターに組織を改め,ATMを実施している. ATMの一部である航空交通流管理では,混雑する福岡飛行情報区の空を安全かつ効率的に利用できるよう,必要に応じて交通流制御を行うことがある. 交通流制御に至るのは,管制機関が管制業務を行うことができる限度以上の交通量が予想される(天候等により処理できる交通量の減少が予想される場合を含む)場合である. ATMセンターでは,航空交通に影響を及ぼすような天候が予想される場合には,交通量を管制機関が管制業務を行うことができる限度に調整するという処理をしている. 交通流制御の現状とこれまでの実績を振り返るとともに,今後さらに増加が予想される航空機,高度化を余儀なくされるATMと気象要素のかかわりについて発表を行った. 東京進入管制区周辺,東京国際空港,成田国際空港や新千歳空港の気象予報の精度改善,提供形態の発展がATMの高度化にもつながる可能性を示した.
9.航空機運航に影響を与える気象と「将来の航空交通システムに関する長期ビジョン」の紹介日本付近は,アジア大陸の東岸に位置し,中緯度前線帯の活発な低気圧活動の影響を受けるばかりでなく,モンスーンの一部としての梅雨による視程障害,夏季の台風の接近,冬季の日本海の影響を受けた雪雲の流入など,航空機の運航に甚大な影響を与える気象要素が,世界的にみて最も集結した地域の1つであると言える. それらの気象が航空機の運航に与える影響とそれらへの対応の例として,千歳における降雪について紹介した. また,気象学的にも未解決となっている現象の一例として,冬季における関東のドライダウンバーストの事例を紹介した. さらに,気象予測も含めた将来の管制システムとして世界的に取り組まれているアメリカにおけるNextGenとヨーロッパにおけるSESARに対応した日本におけるCARATSについても簡単に紹介した.
略語一覧
ATM: Air Traffic Management 航空交通管理
CARATS: Collaborative Actions for Renovation of Air Traffic Systems 航空交通システムの変革に向けた協調的行動
NextGen: Next Generation Air Transportation System米国の次世代航空交通システム構想
SESAR: Single European Sky ATM Research 欧州の統一航空交通管理プログラム
参考文献
野本真一,1970: 視程予報に関する統計的研究(第4報)-重回帰式による短時間予報-. 研究時報,21,487-495.