岩崎:
学会は学会員の希望に沿うことが必要であると思うが、組織目標との関係
はどうか。
市川:
設定した目標を達成する長期的な活動により、成果が学会員にフィードバッ
クされる。
近藤:
学会がリーダーシップを発揮して引っ張っていくのか、構成員が自主的に
進めるのか。
市川:
下からの積み上げのボトムアップでは漏れはないが、重点化がおろそかに
なり、組織としては弱い。トップダウンでは伸ばすものは伸びる。ただしトップ
は気象学の全貌が見えていて、かつ世の中の情報に目配りできる人が必要である。
そしてその周辺に濃厚な情報を集め、トップは細かいことを知りながら大局的に
判断する必要がある。例えばアメリカでは全ての情報が大統領に集約される。
岩嶋:
物理や化学のような基礎的学問と応用的な例えば地学とでは何か違いがあ
るか。
市川:
基礎的な学問は学部から一貫して学ぶのが良い。例えば環境のように横断
的な分野は大学院に入ってから学ぶほうが新しい分野での展開が可能である。気
象学でも境界領域を突破しないといけない。日本の大学院ではどういう理由で何
がわからない、できないという境界を教えるべきだ。できることしか教えないの
は問題。境界が分からなければ学問は発達しない。
山内:
研究者の立場と事業の立場と両立するのか。
小川:
一人で両方やるのは困難。宇宙三機関の統合で事業団と研究所が統合され、
NASDAのロケット部門が民間に移行するので、雰囲気が変わるかなと思う。事業
団、国の研究機関の位置付けが大切。
市川:
最近日本では新しい分野、息の長い分野に展開できなくなっている。原因
は論文の数で評価するようなシステムだ。院生が研究労働者化している。そうす
れば論文が書けて評価点が稼げる。しかしこれは評価の本来の目的ではない。日
本ではアメリカとは違う評価システムになってしまった。論文の数で評価するの
は間違っている。見識のある大学のボスなどが研究成果の本質を見抜いて評価す
るのが本来の姿である。
廣田:
大学院重点化で学生の質が落ちたとの指摘があるが、どう思うか。
市川:
私の感覚では学生の質は大学入学時点でかなり落ちている。知識が少なく勉強す
る意欲が弱いので動機付けで苦労する。これは高校までの問題である。小学校で
落ちこぼれをなくすために教える量を減らした。特定の大学を除いて大学入試の
科目を減らしレベルを下げた。これに対する大学側の対策がない。一方、米国の
教育に対するエネルギーは桁違いだ。日本では大学教官が論文を書かないといけ
ないので学部教育に時間を費やせない。日本の教育は崩壊している。これは日本
の社会の横並び主義を止めない限り解決策はない。科学者は、スポーツや音楽の
ように、学校教育法にしばられない教育を受けないと解決しない。
廣田:
ここまでで評議員や名誉会員の考えを一通り聞いてきた。社団法人の責任として
気象学会が啓蒙、啓発活動を行うことに関して意見はないか。
柳井:
AMSの学会員は研究者でない民間気象事業者などの人の比率が高い。学会の賞に
も特定の日の天気現象を的確に予報したことを表彰する賞がある。
市川:
大学が一般向けのシンポジウムを開催すると、20年前はいろいろな階層、年齢層
の参加者がいた。2-3年前は老人と女性しかいない。中堅男性は忙しくて出てこ
ない。老人と女性をターゲットとして啓蒙活動を行い、老人と女性から一般社会
へ徐々に浸透させるのが良い方法ではないか。
柳井:
この委員会にこれだけの人数が集まっていて、女性が一人もいないのは驚き。ア
メリカでは大学院の半数は女性だ。
廣田:
現役で研究をバリバリやっている女性はたくさんいるのだが。
柳井:
AMSのハリケーンのコンファレンスは盛んである。現業の人もたくさん参加して
いる。日本でもこのような機会を是非とも作らなければいけない。
古川:
日本では気象庁の職員が参加しにくい環境にある。
廣田:
気象庁と気象学会の関係が変わってきた。昔は一体だったが、最近は気象庁の業
務を行っている人と学会とずれが生じている。どういう形態が良いのか模索して
いるのが現状である。
栗原:
現業の人で最新の技術を身につけたいという人は多い。アメリカでは学会に予報
技術検討会のようなコンファレンスがある。学会に出てくる予報官は最新の技術
を身につけたいという意欲に燃えている。
大西:
気象庁の職員は調査研究に時間を割くことができない。気象庁は防災に視点を転
換している。警報を出す場合には気象学の専門的な知識が必要なくなってきてい
る。だから現場の予報官には気象学会が必要ない。今仮に台風のシンポジウムを
日本で開いても10人集まるかどうかだ。
柳井:
AMSでハリケーンのコンファレンスを開けば300人は集まる。気象庁は大学などほ
かの研究機関に研究費を出して研究を委託できないものだろうか。
小倉:
昔、気象庁には人材があるから外部との協力は必要ないという考えだった。
市川:
農水省、厚生省、経済産業省などは競争的資金を多様に持ち、研究機関に分配し
ている。気象庁はそういう仕組みや予算がなく、今後も新たに取ることは困難だ
ろう。大正時代は、工学では研究能力があるのは国立大学と工業試験所だけだっ
た。第2次世界大戦時に軍需産業で企業が力をつけ、大学が疲弊した。産業が研
究、製造、販売を身につけ、産学連携のムーブメントが完成した。気象学は大正
時代の工学のような状態に見える。
住:
気象庁は貧乏だと言っているが、実は1950年代の気象庁の資金は潤沢にあった。
実況監視で何人、24時間、というだけで人が取れた。しかし、自然が相手なので
その人数が変えられない。気象庁は守りに入り、概算要求でそれ以上予算を増や
せなくなった。
気象データは無料なので一人でこつこつできる。お金が多すぎると逆に苦労
する研究者が多い。お金を使った研究の仕方を研究者に教える必要がある。斎藤:
気象研究所が独法化された場合、研究の自由が保障されるのは良い。しかし、研
究組織として必ずしもメリットばかりではないようだ。学際的、基礎的研究には
大掛かりな装置が必要であり、観測データの解析にも複雑なプログラムとシステ
ムが必要で多くの計算機資源が必要である。また、現在気象庁と大学との協力体
制ができつつある。目的を持った研究体制を作って大学が参加することも必要。
また、外国と協力していくためにも国の組織のほうが何かと良い。
廣田:
今日は貴重なご意見をいただいた。広い意味での学会の問題意識として今日いた
だいたご意見を考えていきたい。1年後にもう一度学会としてどう考えているか
という答を出す機会を作りたいと考えている。発言の要点をまとめた資料を作り
目を通していただいた後に学会機関誌「天気」に掲載したい。