大気中には大小様々なスケールの渦が存在し、その渦によってエネルギーや物質の輸送が行われている。しかし、大気中に存在する最小スケールの渦まで捉える数値計算は実質的に不可能である。そこで、ラージ・エディ・シミュレーション(LES)では、ある程度 小さいスケールよりも小さい渦運動の寄与は、慣性小領域の理論(運動のエネルギースペクトルが波数の-5/3乗に比例する性質)を利用して表現し、対象とするスケール以上の渦変動を含む大気の流れを再現する。LESは、境界層での熱や運動量の複雑な輸送過程の解 明に画期的な成功を収め、近年の数値計算手法の発達とコンピューターの高速化と相俟って、様々な分野で利用されている。 一方、大気境界層における乱流フラックス観測やLESを用いた研究から、組織的渦構造 が物質やエネルギー輸送の主要な担い手であることが明らかとなった。しかし、大気中の組織的渦の3次元構造や生成メカニズム、線形論では説明できない多くの現象についてはほとんど解明がなされていない。近年、乱流、エアロゾル、雲の発生までをシームレスに観測できる、3次元走査型のドップラーライダーが用いられるようになったことから、LESを用いた計算結果と観測との詳細な比較検証が可能となり、大気境界層の構造の解明が 一段と進展することが期待される。 本研究ノートでは、LESの基礎と応用例の一部を紹介した。本誌を手にされた読者の方 々がLESに興味を持ち、様々な分野にLESを応用することで、新たな研究展開と更なる改良が進むならば,本号を企画したものとしては本望である。
【目次】 第1章 LESの基礎 (飯塚 悟・近藤裕昭) 第2章 複雑地形と直線直角座標系のLES気象領域モデル開発(余 偉明) 第3章 都市とLES(神田 学) 第4章 植物群落内外の流れのLES(渡辺 力) 第5章 積雪面とLES (根本征樹・西村浩一) 第6章 接地層と放射霧とLES(中西幹郎) 第7章 大気境界層とLES(野田 暁・中村晃三) 第8章 塵旋風のLES(田中 亮・新野 宏・中西幹郎・伊藤純至) 第9章 雲科学とLES- ドップラーライダーを用いた大気の流れの観測- (藤吉康志・山下和也・藤原忠誠・中西幹郎)