複雑な地球水循環過程における水の動きを追跡するに当たり、あたかも水に付いた色のように水自体を区別することに利用できるのが、本書のテーマである「水の安定同位体比」です。水の安定同位体比とは、水の中の水素安定同位体比( D/H )或いは酸素安定同位体比( 18O/16O または 17O/16O )のことで、地球上において時間的・空間的な偏りを持って分布しているため、私たちはそれらを観察することによって水を区別することが可能となります。また水の安定同位体比は、水が相変化する際に特徴的に変化するため、相変化を伴って輸送される地球表面及び大気中での水の循環を推定する有力な材料となります。近年では、水の安定同位体比を含んだ大循環モデルの開発や、分光法を用いた新たな分析手法の確立、観測データの大幅な増加・蓄積などによって、気象分野の現象解明に同位体比を役立てた研究はまさに大きく発展しようとしています。本書には、基礎的知識からこれらの最新知見までが紹介されており、気象研究における水の安定同位体比の有用性の理解と将来性の展望に役立つでしょう。
【目次】 第1 章 気象・気候と水の安定同位体比との関わり(芳村 圭) 第2 章 降水の安定同位体観測・アジア熱帯域を中心に(一柳錦平) 第3 章 降水・水蒸気同位体を用いた台風観測キャンペーン (筆保弘徳・上田哲大・一柳錦平) 第4 章 土壌・植物の水同位体比(杉本敦子) 第5 章 水蒸気の同位体を利用した大気境界層研究(山中 勤) 第6 章 水同位体比のためのモデリングとモデルを用いた解析(芳村 圭) 第7 章 リモートセンシングによる水蒸気同位体の観測(今須良一)