ここに掲載する要望書は、 TRMMが気象学に画期的な成果をもたらしていることに鑑み、 気象学会理事長から宇宙航空研究開発機構理事長宛に提出されたものである。 なお、本要望書は、朝日新聞に掲載された記事 (6月9日朝刊: http://www.asahi.com/science/update/0609/001.html)の中で触れられている。
社団法人日本気象学会 理事長 |
廣田 勇 |
前略
まず、貴研究機構の地球観測衛星計画の推進へのご努力を尊敬申しあげるとともに、 深く感謝を申し上げる次第です。
さて、貴研究機構が米国航空宇宙局(NASA)との共同計画として推進されている熱帯降雨観測衛星 (Tropical Rainfall Measuring Mission: TRMM)につきまして、その運用がこの6月中にも終了される、 との話を伺いました。 貴研究機構が組織されているTRMMサイエンスチームにはその方針が近日中に示される、 と聞いております。ここに、 TRMM観測データにより大変貴重で画期的な研究成果を多く挙げてきた数多くの気象研究者を抱える日本気象学会を代表致しまして、 TRMMの継続観測を強く要請したく存じます。
TRMMは1997年11月に貴研究機構の種子島宇宙センターからH-IIロケットにより成功裏に打ち上げられ、 その後今まで6年半以上にわたりデータを出し続けております。 TRMMには貴研究機構が当時の通信総合研究所(現情報通信研究機構) と共同開発された世界初の衛星用降雨レーダーが搭載されております。 この降雨レーダは、降水システムの3次元構造を海陸を問わず世界規模で観測するという、 過去に全く例を見ない画期的な観測を行っております。TRMMにはまたマイクロ波放射計、 可視・赤外放射計、雷センサーが搭載され、同じ降水システムを同時観測する、 という他には無い特徴を持っております。また軌道が他の地球観測衛星とは異なり、 太陽非同期軌道をとっていることから、降水システムの持つ顕著な日周変化も観測しております。
TRMMの観測データによる研究により、これまで未解明であった熱帯、 亜熱帯地域の正確な降水分布の把握、台風の構造等々、新しい成果が次々と生まれ、 Natureなどを含めた国際的な学術誌に非常に多くの論文がすでに掲載されています。 また、TRMMの衛星寿命が大幅に延びたことにより、 降水システムの年々変動の研究にも大きな寄与を成しつつあり、例えば、 エルニーニョ時の熱帯雲システムの構造や雨の降り方の変化を、みごとに捉えるなど、 地球観測衛星としてのその働きには、すばらしいものがあります。
現在、総合科学技術会議でも、地球規模の水循環研究が最重要課題のひとつと指定されており、 また、観測計画を策定中の地球観測サミットでも、 全球水循環観測をその柱のひとつとしており、 全球の降水観測はその基本となるものです。 このような計画に沿った観測をすでに行っている衛星観測は、 地球気候にとって最も重要な熱帯の降水の継続観測を行っているTRMM以外には、 現在のところ、他に全くありません。
このように、気象学や地球環境モニタリングに大きな貢献を成し、 またさらに大きな寄与を成しつつある健康な衛星の運用を今、終了することは、 世界の気象学の発展にとって大きな損失となるばかりでなく、 緊急の課題として挙げられている地球環境観測への取り組みへの大きな遅れも引き起こしかねないと危惧する次第です。
TRMMは貴研究機構が実際に運用し、現在、世界に寄与し、 また誇ることのできるミッションであると認識しております。 本衛星の観測継続を、気象学会として、ここに強く要請致す次第です。